« 心が残るということ | メイン | 「想い出づくり。」と「北の国から」と「幸福」というテレビドラマ »

2012年12月19日 (水)

ハトヤホテル社員旅行

3年ほど前に、社員旅行キャンプというのをやって、それ以来、社員旅行というものをしてなかったんですが、そろそろやろうかという話になり。

行ってきました3年ぶりの社員旅行。キャンプが2回続いていたので、ふつうに旅館に泊まる社員旅行は、実に6年ぶりで、今回が初めてという若い社員もけっこうおります。どうしてこんなに長く社員旅行ができなかったかというと、忙しかったこともあるんですが、だんだんに社員の数が増えたことによって、全員のスケジュール調整が難しくなり、何とか全員参加でやろうとするたびに、延期を繰り返してきたからでした。

そこで、今回は全員参加できなくても決行すること。遅れても後から参加できる関東近郊で、2泊の温泉旅行とすることにしました。

で、どうせならみんなで浴衣着て、昭和の典型的な、お座敷宴会社員旅行にしようということになったのです。

そこで幹事団が選んだ場所が、伊東温泉ハトヤホテルでした。うーん確かにコンセプトには、合っています。そして宴会の企画は、紅白歌合戦です。うーん確かにこれ以上ないベタな企画です。

でもこれが、盛り上がったんですねえ。長く行われなかった社員旅行というものに、皆飢えていたのでしょうか。仕事が忙しい中、歌の練習も振り付けも完璧です。こういうことになると、絶対手を抜かないんですね、この会社の人たち。

唄以外にも様々な芸が繰り出され、旅館の仲居さんたちにも大うけで、その勢いのままハトヤカラオケバーに移動して、歌と踊りが続きました。そのお店が閉店になった後は、部屋に戻って飲み、ギターで唄い、そこが落ち着くと、タクシーで夜の街のラーメン屋に向かう一団となり、少しずつ人数は減りますが、主力は朝までコースです。

Hatoyaなんというか、あきれるばかりのエネルギー。翌朝早めに出発したので、朝の各部屋をのぞきましたが、大半が死んだように寝ております。おおよそ慰労とか慰安とは、ほど遠い社員旅行と相成りました。

考えてみれば、自分が若かったころの昭和の社員旅行というのは、だいたいこういうパターンでしたが、最近こういった風景は、あまり見かけなくなりました。多分若い人にとってはけっこう新鮮で、たいていの人は初体験だったんではないでしょうか。

それに、このハトヤホテルというところが、昭和という時代のテーマパークのようなところなんですね。とにかく何でもサイズがデカくて、ロビーも宴会場も食堂も風呂場も脱衣場も卓球場もカラオケバーも廊下も客室も、子供が全力で走れる広さです。

おそらく昭和の高度成長のころ作られ、たくさんの社員旅行がここで行われ、そしてたくさんの家族がここを訪れたんだと思いました。そういえば、あの頃テレビでは、ふつうにハトヤホテルのTVCMが流れていて、コマソン今でも覚えてますものね。

♪伊東に行くならハトヤ 電話は4126(よい風呂)♪

(野坂昭如 作詞 いずみたく作曲)

いや、今もご健在で何よりでした。

チェックアウトしてホテルを出ようとしたら、担当ホテルマンの方と、女性の事務員の方が駆け寄ってこられまして、この女性社員の方は、昨夜の宴会で仲居さんをしてくださり、うちの社員のしょうもない芸を見て転がって笑ってくださってたのですが、

「この度は、誠にありがとうございました。来年も是非皆様でお越しください。」

と、これ以上なくご丁寧なあいさつをいただき、ややたじろぎましたが、

みんなで、浴衣着て、温泉入って、宴会やって、こういうコミュニケーションもたまにはいいもんでありました。エネルギー使い切りますけど。

 

 

 

コメント

コメントを投稿