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2010年4月20日 (火)

息もできないのだ Breathless

2月に、また先輩のKさんとYさんと、小さな旅に出かけました。旅の目的は、発酵食品の研究ということだったのですけど、そのこととは別に、目的地に向かう車中で、Kさんが最近、試写で見たある韓国映画の話をしてくれました。

その映画は凄まじく暴力を描いており、ある意味すごく重い映画だけど、とても心に残る映画だったと、また、監督は新鋭の若い人のようだけど、今迄にない新しい才能を感じたそうです。

そのストーリーの背景にあるのは、ここ数十年の韓国の社会環境であり、そのことを知ることにより、さまざまに考えさせられる映画でもあったそうです。

話は、そこから隣国である我が国のことへと及び、内田樹さんの書いた「日本辺境論」が、いかに的確で面白い本であったかという話で盛り上がったりしながら、新幹線の旅は続いたのでした。

その映画のことは気になっていましたが、題名も知らず、いつ頃公開されるかも知りませんでした。

それからしばらくして、桜も咲いた春のある日、すでに公開されたその映画を観たという会社のMさんに話を聞くこととなりました。

「凄まじいです。すごいです。でも、いい映画です。」

このあたり、Kさんと言うことが似てます。

「それで、その話には、救いはあるわけ?」と聞いてみますと、

「そういう意味で、救いはないです。」とおっしゃる。

「ふーん・・・そおか」

「でも、観た方がいいです。」

Mさんは、昨夜、会社の先輩のFさんと一緒に観たのだそうです。

Fさんは以前、私に「泣きながら生きて」を観るよう真剣に薦めた人です。

またしても真剣な眼差しでFさんが言いました。

「絶対、観てください。急いで観てください。」

 

 

『息もできない』という映画でした。

始まりから不思議な顔つきをしたその映画には、たしかに随所に暴力シーンが入ってきます。

ただ、それは観客を怖がらせたり、驚かせたりするだけの、それとは違うことがだんだんわかってきます。それは内側にくる痛みとでも言うのか、心の深いところにズシンとくるものです。

さまざまな社会環境から圧迫を受け、逃げ場を失い、追い詰められて、壊れていく人たちが、自身のすみかを自ら壊していく暴力です。その多くは家族に向かいます。

主人公は、父親の暴力から、母と妹を失ったことで、少年期にすでに壊れており、暴力を生業とした借金の取り立て屋になっています。粗暴で、その口からはスラングばかりを発するようなその男は、サンフンと言い、刑務所から帰ってきた父にも暴力を振い続けています。

やはり、暴力によって母を亡くし、壊れてしまった父と暮らす女子高生のヨニと偶然出会ったことから、サンフンに少しずつ変化がおき、物語は動きはじめます。

製作・脚本・監督・主演は、ヤン・イクチュン。1975年生まれの彼が、32歳の時に作った映画です。この映画は数々の賞を受賞し、インタビューに答えた彼は、

「自分は家族との間に問題を抱えてきた。このもどかしさを抱いたままでは、この先、生きていけないと思った。すべてを吐き出したかった。」と言っています。

きわめて個人的な切実な思いから脚本を書きはじめ、自分で資金を集めて製作にこぎつけたといいます。

自らが体験したこと、知人が、家族が体験したこと、彼自身が見つめてきた韓国の風景が映画になっていったということでしょうか。監督自身が演じるサンフンはじめ、それぞれの俳優が演じる登場人物たちが持つリアリティは、ただテクニックが優れているということとは違うことのように思われます。彼は、別に社会を描こうとしたわけではなく、自分が見てきたもの、知っているものを映画に投影させたら、そこから社会が見えてきたということなのでしょう。

映画は、本来の人間らしさを失ってしまったかにみえるサンフンが、やがて小さな希望を見つけかけ、ひょっとして、何かを取り戻せるのではないかというところで結末に向かいます。

この作家のきわめて個人的な叫びは、映画という言語を通して、強烈に私をとらえました。映画を見終わったあとで、何日もその残像が後を引いたのは久しぶりの体験でした。

隣国のある青年から発せられたメッセージは、確実に海峡を越えて響いている気がした桜の夜でした。

ヤン・イクチュンという人は、次に何を伝えてくれるのでしょうか。たのしみな映像作家が現れました。

まだ後を引いてます。

Sang-hoon  

 

 

コメント

先週の金曜日、上映終了ぎりぎりで、観ました。痛すぎて切なすぎて、文字通り息もできませんでした。あんなに暴力シーンだらけなのに、肉体的な痛々しさはか感じず、暴力をふるっている心に、ずっとひりひりひりとした痛みを感じ続けていました。
あとに残る、というか時間が経つにつれ、ずんとくる映画でした。
タイトルの「息もできない」が
ザードの歌で、あなたを好きすぎて息もできない、という意味だと知り、よけいに切なくなりました。原題は「クソ蝿」らしですが。(笑)
なんにしても忘れられない映画ですね。

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