屋久島の思い出
先日ある方が、屋久島に旅行をすることになり、ちょっとした情報提供を求められたので、久しぶりに屋久島の知人に電話をしました。4年前にロケに行ったときに、大変お世話になった方で、真津(まなつ)昭夫さんといいます。あいかわらず元気そうな明るい声が聞こえてきました。その日も、屋久島の山のてっぺんから帰ってきたばかりだったそうです。この人は、屋久島のネイチャーガイドの草分け的な人です。この島で行われるロケーションのほとんどのコーディネートをしていて、撮影の知識も豊富です。
4年前のその頃、私共は屋久島の3本の杉の巨木と、この島の自然を題材にして、30分のハイビジョン番組を3本作ることとなり、1週間のロケハンの後、10日間の撮影を敢行しました。真津さんには、その間、何から何まですっかりお世話になったわけです。何しろ本を何冊か読みかじっただけで現地入りし、90分の構成を考えながらのロケハンでしたから、この人なしにこの仕事は考えられませんでした。
真津さんは、本当に屋久島のすべてを知っている人でした。ちなみに、山頂近くの縄文杉までの道を1000往復以上歩いたとおっしゃっていました。縄文杉へ行くには、山道を片道6時間歩かねばなりません。私の場合,ロケハンの1往復で一生分の山歩きをした気持ちになりましたけど。
花崗岩が隆起してできたこの島は、周囲が130km程の面積にもかかわらず、標高1900mクラスの山が連なっています。屋久島の最高峰、宮浦岳は、九州で最も高い山でもあるのです。いかに急勾配な山に覆われた島であるかが、想像していただけると思います。この洋上アルプスと呼ばれる島に吹きあたる風は、海上の水蒸気を山に沿って吹き上げ、冷やされ、霧となり雲となり、大量の雨を降らせます。ひと月に35日雨が降るといわれるのはこうした理由です。
また、温帯と亜熱帯の境目に位置するこの島では、海岸にハイビスカスが咲き、ガジュマルが生い茂り、山の中腹までは、世界に誇る照葉樹林で覆われています。その上の層には、樹齢1000年クラスの屋久杉がいならび、山頂付近には、高山植物が生育しているのです。そんな植物の標本のようなところに、それだけの雨が降れば、どんな島ができるのか。世界でただ一箇所、何千年もかけて実験しているような場所なのです。
そんなことですから、ここの森は、ちょっとすごいですよ。
映画「もののけ姫」にでてくるシシ神の森のイメージは、まさに屋久島の森なのだそうです。この森には、何やら説明のつかぬ不思議な存在のようなものを、感じてしまうのです。
それまで、自然の森林や、山歩きなどとは、無縁のところで暮らしてきましたが、この島で見たものには、明らかに影響を受けました。うまく言えんのですが、自然のこととか、時間のこととか、日々の暮らしのこととか、何だかちょっと考えさせられたわけです。
ロケハンを終えた私たちは、一度東京に帰り、シナリオライター、ディレクター、カメラマンらと打ち合わせをしてから、再度、撮影のために屋久島に向かいました。
10日間の撮影も終盤にさしかかり、いよいよ片道6時間の縄文杉に出発する前日のこと。私は仕事の都合で先に帰京することになりました。あそこまでもう一度登ることに、ややひるんでいた私は、正直、ちょっとほっとしたのを覚えています。情けないことでした。
自然から何か教えを受けたようなつもりになっていても、いざとなると、やはり、大自然とは対極にいるちっぽけな奴でした。
2007/7
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