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2021年5月21日 (金)

オーベルジュ・トシオ

こうなってくると、日々の暮らし方としては、ともかく用もないのに出かけないこと、できるだけ家にじっとしていること、なるべく人に会わずにですね、会食をしたり、酒盛りをしたりは、もってのほか、この厄災が去って行くのをひたすらに待つことなんですね。
要は、余計なことは思いつかないようにして、家でおとなしくしてろと。
ただ、こう長くなってくると、たとえば感染リスクを避けながら、違う環境に自分の身を置けないものかと、多少ジタバタしてまいります。
そんな時、ときたまお世話になって、気分転換ができてありがたいのが、私が秘かに「オーベルジュ・トシオ」と呼んでる信州の山小屋なんですが、これ、ある友達の別荘なんですね。
この人は、基本的に東京で生活してるんですけど、この山小屋の季節季節の管理は自分でやっていて、ちょくちょく山にこもっていろいろ仕事してるんですが、今回のコロナ禍が始まった頃、東京から避難する意味もあって、ひとり山小屋に籠ったんです。普段から全くそんなふうには見えないんですけど、どうも体質的に疾患があって身体が弱いということで、やはり避難なんだそうです。そういうことならば、退屈しのぎにでもなればと、たまにごく少人数で寄せていただいておるわけです。
場所は八ヶ岳の麓の原村、信州の四季を満喫できる素晴らしいところでして、この友人は、さしずめこの山小屋のオヤジといった役回りなんです。それで、このオヤジが出してくれる食べ物が、街で人気の居酒屋のレベルでして、仕入れも作る手際も、ちょっと驚きの研究開発がされております。彼そのものが、昔から酒飲みで、うまいものが大好きでしたし、食材や調理法にも、好奇心が強くて勉強熱心でしたから、我々はオヤジが長年試行錯誤して完成させた成功作を振る舞ってもらってるわけです。

この、Kネコ トシオさんという人がどういう友人かというと、お互い20代の前半には出会っておりまして、私がTVCM制作会社の駆け出しの制作部だった頃、よく現像済みのフィルムを現像所に取りに行っていたんですけど、その現像所のカウンターで上がったフィルムを渡してくれるのが、短パンにランニング姿のトシオさんだったわけです。現像が込み入ってる時には、いつまで経ってもフィルムが上がってこなくて、ずいぶん待たされるんですが、カウンター越しにこの人に、
「まだですかー!」と怒鳴れば、
「まだだよおー。」みたいなことで、
顔はよく知っていて、年齢も近かったけども、特に仲が良いということでもなかったですね。
その頃、テレビのコマーシャルは、いわゆるテレビカメラで撮影するんじゃなくて、全部35mmのフィルムで映画用のカメラで撮って、最後の納品もフィルムでしたから、当然フィルムの現像も、スーパーを入れたりする加工も、全部現像所でやっており、それを制作している私たちもテレビのコマーシャルを作っているテレビ屋さんというよりは、フィルム屋さんと云った風情だったわけです。
そのうちトシオさんも、その会社でCM業務の営業担当になって、こちらも制作部として多少仕事がわかるようになってきて、いろんな局面で仕事の協力をしていただく用になりまして、時々酒飲んだりして、仲良くなってくるんですね。
この人はもともと職人気質な人で、実に現像に関するケミカルな知識や情報も豊富だし、いろいろ仕事が難しいことになっても、決して諦めずにしぶとくやってくれる人で頼りになりました。
そんなこんだで、私達が立ち上げた映像制作の会社も、彼の会社と強い信頼関係ができて、その後、CM映像の世界はケミカルからデジタルハイビジョンになってもいきますが、気がつくと、ずいぶん長い仕事のお付き合いになってたんです。

Toshio_3



仕事としてはそういうことなんですけど、この人はおいしいものを食べて、おいしい酒を飲むということには、まあ実に貪欲で、手加減しない人なんですね。それでもって、根が職人肌だから、なんか美味いもんを食べると、自分で作ってみるわけでして、そういうデータが積りに積もってますから、原村高級居酒屋「オーベルジュ・トシオ」となってるわけです。
正直、この人が会社を退職したら、居酒屋とか開いちゃうかもとか思ってたんですけど、それに関しては、彼の賢い妻が、それだけは絶対にうまくいかないと予言したそうで、確かにこの人が店やると、仕入れとか段取りとか、えらくこだわって頑固そうだし、客の好き嫌いもはっきりしてそうだし、料理は美味しそうだけど商売はなかなか大変だから、確かに奥さん正しいかもね。
山小屋の方は、この調子でこの人が細かくコツコツとメンテナンスしてるので、実に快適な状態で、行く度ごとに季節の違う風景を見ることのできる、得難い場所が出来上がっています。
多分、性格的にも私にはこういうことはできないだろうけど、気がつくとなにかと自分の家のように寄せていただいてまして、昨今の世の中で、大変助けられてる次第です。
この建物は、彼と彼のお兄さんが若かった時に、この土地にやってきて一から作ったんだそうです。実は、そのお兄さんは、私にとって同業他社の先輩でありまして、ご縁があって昔よくお世話になっていましたから、この山小屋の話はよくお兄さんから聞いていたという経緯もありました。そのお兄さんは、残念ながらしばらく前に亡くなってしまいましたが、不思議なご縁も感じます。
そう云ったことのおかげで、今、きれいな空気の自然の中で、おいしいものを食べて飲んで、よく寝て、、、ありがたいことです。

持つべきものは、職人肌の料理好きな飲んべえの、山小屋持ってる友達だね。

という話なんですけど、

ま、探して見つかるもんじゃないということは、わかります。

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