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2020年5月28日 (木)

ワイルダー先生

いつも年が明けてバタバタしているうちに、1月は行ってしまい、2月は逃げてしまいまして、気がつけば桜が咲いているんだよね、などと云ってたんですが、例年どおり、きれいに桜は咲いたものの、お花見は出来ず、それどころか新緑のゴールデンウイークになっても、外にも出られないことになりました。

新型コロナウイルスの猛威は、地球規模の厄災になって人類に大きな試練を与えております。そのような状況下、医療にかかわるプロの方々は、それこそ命がけの仕事に追われていますが、それ以外の我々一般の人間ができることと云えば、ただ感染せぬよう、なるべく出歩かず自宅におることのようで、何の役にも立たず申し訳ないのですが、今までに経験したことのない在宅時間を過ごしております。そんなことで私の勤める会社も、ごく数名が番をしているだけで、他は全員在宅、家で出来る仕事を、いわゆるリモートで働いているわけです。

本来なら4月の初めから出社するはずの新入社員たちは、一度も出社することなく、おうちで社員研修を受けてますが、弊社は映像を作るのが仕事なので、新人たちに先輩社員からオススメ映像を選んでプレゼントしようという企画が起こりまして、連日いろんな人たちから上がってきた映像をみんなでネットで観ることになったんです。

みんな家にいて時間もあるし、映像好きたちの渾身のチョイスなので、これが面白くて個人的にも楽しんでいたんですが、そのうち自分の順番が回ってきて、さて何にしようかなとなった時に、ふと思ったのが、ビリー・ワイルダーだったんですね。

この人は、1906年生まれで2002年に亡くなってます。

若い人はあんまり知らないでしょうし、私にしたところで、今回オススメした「アパートの鍵貸します」は1960年の公開ですから私6才の時でして同時代感はありません。たとえば、ワイルダーさんの同時代の日本の映画監督は、小津安二郎さんとか、黒澤明さんでして、ちょうど私の祖父の世代です。

Billy_wilder

ただいつだったか忘れたけど、どっちにしてもずいぶん若い頃に、この映画を観て、なんかすごく心に残ったんですね。考えてみると1960年頃のニューヨークなんて、何の接点もないし、その街に住むうだつの上がらないサラリーマンにも、そのビルで働くちょっと可愛いエレベーターガールにも、普通だと興味わかないと思うんだが、映画観てるうちに、なんだかジャック・レモンにも、シャーリー・マクレーンにも、すっかり感情移入してしまって、忘れ難い出会いになってるわけです。その時は、1960年にこの映画がアカデミー賞の作品賞・監督賞・脚本賞を取っていることも知りませんでしたが、

考えてみると、歴史的な名画だったわけです。

その後、知らず知らずにワイルダー作品を観ることになり、なんとなくハリウッドの大監督という認識だったんですけど、作品を観るごとにビリー・ワイルダーという映画作家の名が、ちょっと特別になっていきました。

自分はいわゆる映画全盛期に生まれた世代でもあり、いろんな映画観ながら育ちましたけど、この映像業界に就職してみると、ワイルダー先生を熱く語る先輩たちがたくさんおられまして、やはり大変な方なんだなと認識を新たにするわけです。

1906年、オーストリア生まれ、若くして新聞記者の仕事を始めドイツに移り、21歳で映画の脚本を書き始めます。どうにか評価され始めた頃、1933年、ナチスの台頭で、ユダヤ系のワイルダーはフランスに亡命、その後監督デビューして、1934年コロンビア映画の招きでアメリカに渡るが、英語は喋れなかったそうです。それから苦労するも少しずつ脚本の仕事ができ、1942年にハリウッドでの監督デビュー、1944年「深夜の告白」は最初の大ヒット映画となり、1945年失敗作と思われた「失われた週末」は、アカデミー賞を受賞する。

その後「サンセット大通り」「第十七捕虜収容所」「麗しのサブリナ」「七年目の浮気」「情婦」「昼下がりの情事」「翼よ!あれが巴里の灯だ」「お熱いのがお好き」「アパートの鍵貸します」「あなただけ今晩は」等々、ヒット作が続くわけです。

有り難いことに、これらの名作は、現在のネット環境でかなりたくさん観ることができ、今回、あらかた観直してみましたが、やはり並外れた脚本力と演出力もさることながら、他の作家にはないこの人独特の個性と癖が滲みでていて、作品に深みを与えていることが良くわかります。

それと、この人のすごさは、このたくさんの名作の脚本の全部を自分で書いていて、1951年以降は、すべての製作にもかかわっていることです。まさに全盛期のハリウッドの映画作家なのですね。

もう一つ言えば、ワイルダー先生は「アパートの鍵貸します」に代表される、いわゆるコメディの名手として知られています。これは一般に云えることですが、コメディって難しいんですよね。人を泣かせるよりも、笑わせるのはハードルが高いですね。明らかに笑わせようとする芝居に人はのって来ません、ただまじめにやってることがおかしいかどうかなんで、これは深いです。ワイルダーさんが、ジャック・レモンに会ってからコンビを組み続けたのは、自分の笑いの表現に絶対必要だったからなんでしょうね。

 

自分にとっては、おじいさんの世代の作品だけど、今観てもその瑞々しい表現が伝わるのが、映画というメディアの魅力なんでしょう、不思議だけど。

それからまた2世代ほど離れたうちの新人君たちが、どう感じたのかは、ちょっと聞いてみたいけどね。

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