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2015年6月 5日 (金)

情報機器昨今

“スマフォ”というものが、ここまで世の中に浸透してしまうと、電車に乗ってる人がほぼ全員スマフォを覗き込んでる風景も、だんだんと慣れてくるようなもんですが、

でも、ちょっと冷静に考えてみると、相当異常な風景ではあります。

私も持っておりますが、あのちっちゃい中に、電話機能からメールから住所録にインターネット、地図にカメラにスケジュール表に、ゲームやら音楽まで入っており、それに私なんぞは、その機能の10分の1すら使ってない人ですから、スマフォ好きな人が四六時中離れられなくなる理屈も分からなくはないんですけど。

それだけの機能をポケットに携帯できていれば、便利といえば便利なんだろけど、それがイコール快適なのかというと、果たしてどうなんだろかと思うわけですね。

だいたいあのメールというのは、便利なもんで、いつでもどこでも世界中の相手に届くんですよね。LINEなんかは、先方が開けたら、そこで既読ということが分かるし、まあ多くの場合、送ったとたん伝えたいことが相手に届いたということになる訳です。でも受け取る方は、この話聞かなかったことにしたいなと思うこともある訳だし、うん聞かなかったことにしようみたいなこともある訳です。

電車の中でメール読んだり打ったりしてる人たちが皆、この情報が今受け取れて本当によかったと思っているのか、だいたい、まあいつでもいいような話がほとんどなんじゃないかと思っている私は、ひねくれ者なのでしょうか。

仕事の話であれば、職場に着いてから順番にお返事すればよいし、遊びの話ならもっとそうだし。だいたいいつでもどこでも伝わっちゃうから、歩きながらメールして、人にぶつかってる奴がいたりするんじゃないでしょうか。

 

昔の話になって恐縮なのですが、私達が世の中で働き始めた時には、携帯電話もなく、FAXすらなく、かろうじて電卓が普及したばかりの頃で、昭和ですけど。通信手段は、卓上電話と公衆電話と郵便でした。

電話で話したい相手が、その電話のそばにいるとも限らず、その場合は相手の居場所を突き止めて、そこに電話をするか、折り返しの電話を待つかなんですけど、こちらもあっちこっち飛び回ってることもあり、間が悪いとすれ違い続けたりしてました。

とにかく込み入った話のときには特に、会って話すのが基本でしたね。なかなかうまく会えない時は、あらかじめ手紙を書いて相手に届けておいてから、電話で話すこともよくありました。

夜になると事務所も閉まって、お互いの居場所もだんだんわからなくなってくるので、私が最後に立ち寄ることになっていた「バルコン」というバーでは、何件かの私への伝言と連絡先がコースターの裏側に書いてあったりしました。

ともかく、相手に情報を伝えるには、今よりある程度時間的な間があったわけですね。

そうこうしてるうちに、いつの頃だったか、FAXが登場します。

これはなかなか強力な新兵器でして、文字や画がそのまま、解像度はともかく、届くわけです。ただ、普及し始めの頃は、送り手が送ったつもりになっていても、きちんと受け取られてなかったり、よく読めなかったりと、完全なツールになっておらず、返ってコミュニケーションの齟齬をきたすこともありました。

これに関しては、送った側が送っただけで完全に意思が伝わったと思いこんでしまうところが問題なわけで、言いたいことはこれで全部送ったかんねみたいな。このあたりは今のメールにもそういうところがあります。

 

思えば、すぐに相手につながらなくてイライラしたこともあったけど、すぐにつながるということが当たり前のことではなかったから、どうせそんなもんだと思ってたところもあって、伝える中身をもう一度考えてみたり、整理してみたりして、少し余裕ができたり、悪いことばかりでもなかったかなと。

だいたい早く伝わってうれしいことはあると思うけど、情報というのは、知ってしまえば面倒なことも多いわけで、ほんとは少し間のようなものがあった方が楽なんじゃないかと思います。

それに本当のおおごとと云うのは、なんだかものすごいスピードで伝わるもんですよね。経験的に云うとです。まあこういうこと云うと身も蓋もないんですけど。

しかし、こういう高度な情報機能を持った世の中で、ビジネスマンやったり、恋人同士やったりするのも、考えようによっては大変なわけで、ハイ伝えましたよ。ハイすぐに対応してね。が、当たり前になってるわけですよね。なんか、昔は行方くらましたり、音信不通になったりするのも芸のうちみたいなとこもあって、まあ、ある意味問題を先送りするだけなんだけど、でも、先送りしながら、その問題とだんだんに向き合ってたとこがあります。今はそのあたりがなかなか難しいですよね。

ただ、色々見てると、それでも、なんだかんだ問題を先送りしたり、煙に巻いたりしながら、物事をすすめていく術を持ってる人は、やはりいるわけで、これはいつの時代も追っかけっこなのかなとも思いますが。

 

でも、初めて使った携帯電話って、1980年代の終わり頃だったけど、でかくて重くて、ホントつながらなかったなあ。街中を歩きながら話してて、角曲がると切れちゃったりしてましたね、いま思えば。

Keitaidenwa

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