社員研修と、尊敬するディレクターのはなし
4月は新学期でもあり、会社にも少し新人が入ってきて、なんかあらたまった気持ちになるもんですね。それに、この会社は、けっこう若い人の割合が多いので、みんなして一学年ずつ進級するみたいなとこもあります。会社の仕事は主に、広告の映像を作ることなんですけど、今年は、新人の研修は例年通り山登りに行くとして、2年目3年目の若手社員にも社内で研修やりましょうということになったんですね。
で、その講師には、自ら名乗り出た社歴9年の新人プロデューサーのミナミという女子があたることになりまして、この人、わりとちっちゃくてパッと見、子供っぽく見えるんですけど、仕事はけっこう厳しい人で、後輩達からは一目置かれているみたいです。この人が5月に第一子出産予定で、しばらく出産育児休暇に入るので、その前にひとつ、会社の若手たちに、是非言っておきたいことがあるということで、まさに身重の体で、休日の丸一日、8時間の渾身の研修をおやりになったそうなんです。
この講習で使うためのテキストを、前もって彼女が作ったんですけど、これがなかなか良くできてるんですね。ほんとに同業他社に売りたいくらいのもので、これも渾身のテキストになっております。
このテキストを作る少し前から、彼女は社内でいろんな取材を始めまして、先輩から若い人たちに伝えたいことなんかをインタビューしたり、いろいろな形でテキストのネタを集めたんです。
私んとこにも、質問状が来て、これには真剣に答えなきゃと思い、まじめに考えました。項目は4つあって、1つ目は、2,3年の若者へというテーマでメッセージをということで、自分の若かった頃を、はるか昔ですが、思い出しながら書きました。2つ目は、自分の仕事のベスト3をということで、これも膨大な記憶の中からなんとか選んでみましたが、なかなか難しかったですね。3つ目は、絶対観ておいてほしい映画ベスト3ということで、これも大変でしたが、古典からがいいかと思いまして、1.東京物語2.七人の侍3.アパートの鍵貸します などと書きましたね。
それで、4つ目がまた難問だったんですけど、今まで仕事したディレクターの中で、1番好きな、もしくは尊敬している方、という質問でして、これはほんとに多くの方がいらっしゃるわけです。ちょっと思い出しても、どの方も表現に関して、それぞれにユニークな面白い考えを持ってらして、本当に優秀な人たちで、私なんかはものすごく影響受けてるわけです。なかなか1番は選べないんですね。
それでいろいろ考えてたんですけど、ある人を思い出しました。
駆け出しの頃、前にいた会社で、私が一番若い制作部だったんですけど、そこにCMディレクターになったばかりの6歳年上の先輩がいました。その会社で最も制作費の安い仕事をよく二人で作ってたんです。
この人からは、いろんなことを教えていただきましたし、
「おまえ、若いのにほんとにいろんな目に会ってて面白いな。」
などと云って、よく人の失敗話を聞いて笑ってくれました。
私は、彼のことをすごく尊敬していましたし、彼が優秀な演出家であることもわかっていました。三浦英一さんと云います。
6年ほどして、私がプロデューサーの仕事を始めた時には、彼はすでに会社で最も忙しいディレクターになっていました。その後も、実にいろいろな仕事を一緒にしましたが、そのたびにレベルを上げていたと思います。それからしばらくして私はその会社を辞めましたが、いずれまた仕事をしましょうと云って別れました。
それが1988年の終わり頃でしたが、1992年に彼は突然亡くなりました。いい仕事をたくさんしていて、次々に依頼が殺到していて、どんな仕事も手を抜かない人でしたから、過労だったと思います。その時44歳でした。
20何年も前のことですが、あの事を思い出すと、何ともいえぬ悲しさと悔しさがにじみます。
その翌年だったと思うんですけど、私は初めて市川準さんと仕事をしました。その時はすでに超売れっ子ディレクターで、映画も何本か撮っていらっしゃいました。私は最初少し緊張しましたが、やがてすぐに打ち解けることができ、そして、だんだん仕事をしていくうちに、なんだか懐かしい感じがしたんですね。
市川さんは三浦さんに似てたんです。顔が似てるんじゃないんですけど、二人は同じ年に生まれていますし、異常に映画が好きですし、二人ともコンテを描くのがめちゃくちゃうまいです。ディレクターとしての成り立ち方が近いんだと思うんですね。市川さんとお酒を飲んだりしていると、私の一方的な感覚ですが、なんか不思議な気持ちがしておりました。それからはご縁があって、いろいろな形で長くお世話になりましたが、結局そのことをお話しすることもなく、市川さんも、2008年に59歳で突然亡くなってしまわれました。
いつだったか、市川さんがとても好きな映画だからと云われて、1970年のサム・ペキンパーの「砂漠の流れ者」のビデオを下さったことがあったんですが、三浦さんも1969年のサム・ペキンパーの「ワイルドバンチ」が大好きで、この映画の出演者たちを暇さえあれば絵に描いてたのを思い出しました。
二人とも、驚くべき本当に寝ない人で、亡くなる直前まで仕事をしていたことも、共通することでした。
CMディレクターの質問をされたことで、想いだしたことでしたけど、この話を若い人にしてみたいと思ったんですね、ちょっと。
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