ついに黒部に立ったのだ
5月の中頃に家族で旅行したんですけど、これが一泊二日の黒部渓谷、黒部ダムを巡る旅でして、なかなか盛り沢山で、そしてなかなか感動だったのです。少し前に奥さんが申し込んだツアーで娘と私も参加して3人の予定だったのですが、最近急に大阪から東京に転勤になった息子も来ることになり、久しぶりに家族4人で旅することになりました。それはそれで良かったんですけど、朝7時に八重洲口集合みたいな弾丸ツアーの趣もあり、初日はトロッコ列車で新緑の黒部渓谷を満喫し、宇奈月温泉一泊、翌日立山アルペンルートを一気に縦走し、黒四ダムへという一連の流れなのですが、このスケジューリングが実によく出来ており、さすが手馴れたプロの仕事で、元制作部をやっておった私から見ても、よく出来た香盤表でありました。
というような2日間のコンパクトな体験でしたが、この黒部という場所には個人的にちょっと特別な感慨があったのですね。昔も書いたことあるんですけど、私が中学一年生の時に「黒部の太陽」という映画が公開されて、大ヒットしたんですが、これが難攻不落の黒部渓谷に巨大ダムを建設するための、世紀の難工事を描いた人間ドラマでして、背景には戦後復興をかけたこの国の電力問題を解決するという悲願がありました。
当時13歳の少年であった私は、最もわかりやすく感動し、影響を受けてしまい、将来は土木技師になることを胸に誓ってしまったわけです。一応高校を出ると上京して大学の工学部の土木工学科というところに入るのではありますが、ま、いろいろありまして卒業してから土木技師になる事もなく、今の仕事についてしまうわけです。
土木の仕事に就くことは、自身の適性も含め無理だったということはわかっているので、諦めはついているのですが、ことあるごとに、いろんな人に、いかに私がこの映画に影響を受け、黒部という場所にいかにこだわりを抱いているかということを、ある時は酔っぱらったりしてくどくどと語るわけですよ。なので親しい人たちは、そのことはよくご存知ではあるんですね。
そこで、先日、結婚して30年以上経つうちの奥さんから、
「ところで、今までいろんなところに行ってるみたいだけど、黒部には、行ったことあるの?」
と聞かれまして、
「いえ、一度も行ったことないです。近くまで行ったことはありますが」
と申しましたら、心底あきれておりました。少年期のいきさつからも、とっくに訪ねておかねばならぬところでしたのに、、、ということで、家族のおかげで想いを果たせたわけです。
黒三ダムに向かうトロッコ列車は、能登震災の影響で最後まで行けませんでしたが、十分に黒部渓谷の新緑の木漏れ日を浴びることができて素晴らしかった、そして、翌日標高475mの立山駅からケーブルカーと高原バスで急峻な斜面を登り続け、標高2450mの雪の大谷で雪原を堪能し、ここからはトンネルトロリーバスと急降下のロープーウェイとケーブルカーで、標高差約1000mを下って黒四ダムに着きます。
見事なダムです。ああ、これが、黒部ダムなのですね。小雨混じりの曇天に現れた大土木建造物、しばらく眺めておりました。なんていうか、この大自然の中に、人間が叡智を尽くし、7年の歳月と1000万人の手によって造られた創作物なんですよね。
さすがに、奥さんも娘も息子も、えらく感動しておりました。
それにしても、ダムの上から真下の谷底を見ましたら、完全に足がすくみ上がりまして、ああ、この場所を職場にすることは絶対に無理であったなと、あらためて確認したようなことでした。
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