スケートの世界決戦は、川中島なのだ
ちょっと前の話になりますが、今年北京で開かれた冬季オリンピックのフィギアスケートで、あの羽生結弦君が、オリンピック3連覇はできなかったんだけど、負傷しながら4回転アクセルにトライして4位となり、その高難度の技に挑戦する姿勢は、多くの観客を魅了しました。
この人は1994年の生まれですから、うちの息子と同い年なんですけど、中学生の時に世界ジュニアチャンピオンになって以来、ずっとトップのアスリートで居続けて、オリンピックも2連覇し、その年齢にしてその道を極めた人ですよね。ただ、常にその位置にいることが、どれくらい大変なことであるのかは、凡人は想像するしかないのですが、えらいことだと思います。
彼が今回のフリーの演技のために選んだ楽曲が、とても格調の高いドラマチックで重厚な曲だったんですけど、その題名が「天と地と」とクレジットされていて、作曲が冨田勲さんとなっていたんですね。それで思い出したんですけど、この曲、私が中学生の時にやっていたNHKの大河ドラマのテーマ曲だったんです。なんでそんな古い曲を羽生くんは知ってるんだろうと思いながら、そうか羽生くんは上杉謙信のことをリスペクトしてるんだ、そういえばこの人、謙信とイメージかぶるとこあるか、そういえば衣装もそんな感じするし、もっとも、そんなことは、羽生くんのファンであればとっくにご存知のことなんでしょうね、などと思いながら、その大河ドラマの記憶を辿ってみたんですね。
1969年でしたか、大阪万博の前年ですね。NHKで日曜日の夜8時から毎週放送されていた「天と地と」は、一年間続く大河ドラマで、上杉謙信の生涯を描き評判になっていました。その前作、前々作は、ちょうど明治維新から100年という節目だったので、「三姉妹」・「竜馬が行く」と、幕末ものが続いたのですが、視聴率がもうひとつだったので、NHKが満を持して戦国ものをということになり、海音寺潮五郎・原作の「天と地と」の制作に踏み切ったんだと、何かに書いてありました。
その頃の日曜日の夜8時、我が家のTVのチャンネルは、わりとNHKに合わされていたと思いますが、全部の回を見てたわけじゃなくて、1969年といえば、私が応援していた阪神タイガースの江夏豊はまだ20歳でしたが、15勝7完封とエース並みの活躍をしており、わりと自分の部屋でラジオの野球中継を聞いていることも多かった気もします。
ただこのドラマは、時々見てはいて、だんだん面白くなってきたんですね。上杉謙信を演じていたのは、まだ若い石坂浩二さんでしたが、当時の中学生から見ると、とてもストイックな天才軍略家と言ったイメージで、滅法いくさに強い智将といった印象でかっこよかったですね。
その強力なライバルとして武田信玄がいるんですが、その両雄が雌雄を決する物語でもあります。
ただ、覚えてはいても、かなり大雑把で曖昧な記憶でもあるので、今回、小説の原作を読んでみたわけですが、上・中・下巻とありまして、なるほど大河ドラマです。
主人公の上杉謙信の出自とその成長が描かれ、やがて宿命のライバルである武田信玄が現れ、そして、その長い対立から雌雄を決する川中島の戦いまで、さまざまな背景を含めて、その歴史が語られています。昭和35年から3年間、週刊朝日で連載されたこの原作は、かなり話題になったようであります。
海音寺潮五郎氏が、本のあとがきに書いておられますが、謙信と信玄は、同時代に存在した好敵手だが、天が作為したかの如く正反対のキャラクターだったようで、小説の題材としてうってつけだったようです。
二人とも、この時代に生まれた人としては、相当深い学問的教養があったようですが、その存在の仕方は、極めて対照的でありました。
信玄は戦術を決定するに、決して一人ではせず、部下たちと意見を戦わせて最後に決すると、それを演習させて、一糸乱れず闘ったと言われます。対して、謙信は一切自分で戦術を決めます。春日山城の毘沙門堂に何日もこもり、思念を凝らして工夫し、決定すると、部下を集めて発表したとあります。片や、よく努力し勉強する秀才的武将と、独断専横の天才的武将の姿が浮かびます。
信玄は、基本的に領土欲のために戦い、その都度、組織を強化して国を治めようとします。
謙信は、精神的理想を実現するために戦い、失われた秩序を回復するために、遠くまで従軍することの多かった武将です。
信玄には多くの側室がおり、従って子も多いですが、謙信は生涯独身だったと云われています。
武田軍は一つずつ確実に陣地を広げていくやりかたで、領地を増やしていきます。上杉軍はどちらかといえば風のように戦場を駆け抜けては勝ち戦を続けると言った形ですが、戦争が終われば去って行くわけです。
武田信玄は、欲望の強い有能な政治家でもあり、奪った領地はよく治めたと言われています。
上杉謙信は、軍人として戦勝にこだわり、常に自身の信念とスタイルを貫いた人かもしれません。領地を広げていく政治家としての執念は、そんなに強くなかったかもしれないですね。
この長編小説を読んでみて、あの羽生君の謙信に対するリスペクトを、確かに感じました。
彼にとっての競技は、謙信にとってのいくさのようなものなのでしょうかねえ。
じゃなきゃ、自分が生まれる前に放送されていたドラマのテーマ曲を知ってたりしないですよね。
なんかよくわかった気がしました。
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