CM出演いろいろ
テレビのCM制作と云うのを仕事にしていると、当たり前ですけど、一年中、身の回りでCMの撮影というものが行われておりまして、それはロケであったり、スタジオ撮影だったり、ものすごく遠くの国まで行ったり、ついそのあたりの会社の横の路地だったりするんですけど、多かった時は自分が担当している仕事だけでも、年間何10本も撮影したりしました。
被写体はというと、それはありとあらゆるものでして、CMですから世の中の商品と呼ばれるものは何でもですし、それを使用する人、摂取する人、語る人、等々。又、あらゆる風景、自然現象、動植物、創作物、等。ともかくカメラを向けて映るものであればすべてです。
撮影方法にも色々あって、基本的には三脚にカメラを固定して撮るのですが、相手が動けば、上下左右に振り回したり、カメラをレールの上に載せて移動したり、クレーンに載せたり、自動車やヘリに載せたりします。ハイスピード撮影というのは、撮った画がスローモーションになりますし、逆に微速度撮影というのは、何時間もかけて動く、たとえば花が咲くところなどを、何秒かのスピードに再生して観ることができます。
とかとか、一言で撮影と云っても、実にいろんなことをやっているわけです。
そんな中、様々なカットを撮っていく上で、その画の中に自分が出てしまうことがあります。わりと多いのは、手元カットというもので、何かを使っている時の手のアップ、何かを押す指のアップとか、まあ手に限らず、足だったり、身体の一部だったりするんですが、そういう場合はカメラの周りにいる誰かで間に合わせることがよくあります。相当その形に意味があったり、美しくなければならない場合は、ちゃんとした手タレさん足タレさんなどに来て頂くんですけど、それほどじゃないことも多いんですよ。
ただ、それを動かすには、けっこう上手い下手がありまして、だいたいスタッフは慣れているからうまい人が多いんですが、被写体としてフレームの中でカメラマンや監督がどう動いてほしいのかを理解して、そのように動けることが大事なわけです。
それと出演ということで、よくあるのが、群衆だったり通行人だったり、いわゆる背景とかに入ってくる複数の人々というものなんですね。これはエキストラと呼ばれる専門の方たちにお願いするんですが、その中に私たちスタッフが紛れ込むこともよくありまして、その場合は監督の狙い通りに背景の人々が動くように誘導を手伝ったりするんですけど、当然ながら、よおく見ると画面に映ってることはままあります。ただ、映っていると云っても、点のように小さかったり、大きくても一瞬だけで通り過ぎて行ったり、たいていの場合、完成したフィルムを見て、それが誰だかわかるような映り方はまずしないんです。
私、以前一本の30秒CMの中に、全部違う格好で4回出たことがあってですね、これはある街の朝の様々な風景を積み重ねたもので、たくさん人が出てくるんですけど、その中で私がやったのは、ラーメン屋の親父と花の市場で働く人とバスを待つサラリーマンと釣り人なんですが、誰が見ても同じ人間が4回も出てるとは思わないんですね。ただ、これを仲間や家族が見ると、私だと気づいて大笑いになるんです。これは、その監督に完全に遊ばれてるんですが、それくらい私達裏方がお手伝いで出演する時は誰だかわからないように撮られてるわけです。
まあ、たいていの場合がそういうことなんですが、稀に誰だかわかるように出てしまうことがあるんですね。
それは出演者として何らかのキャラクターを探している時に、全く無名な人でそういう雰囲気の人みたいな探し方になる事があり、なまじ芝居の経験がある人より、いっそ素人という選択肢になる事があります。そういう時、なんとなく候補になって、そのうち成り行きで出演者に決まっちゃうことがあるんです。私達裏方スタッフというのは、演技者としては完全に素人なんですが、撮影現場ということに関して云えば、非常に慣れていてですね、ヘタだけど上がらずにできるというメリットがあります。はなからあきらめてるから、変に上手にやろうとも思いませんし、そのあたりが適度な素人感が出てちょうど良いこともあるんですね。
世の中の演出家と呼ばれる人は、実に普段から身の回りの人のことをすごく観察してまして、それはその仕事の習性でもあるのですけれど。で、キャスティングに困ったりした時、急に思いもかけない人のことを思い出したりしてですね、これが意外となじんだりするから不思議なんですね。
何年か前に、突然ある監督からそのようなことで呼ばれたことがありまして、この方は現在たくさんいらっしゃるCMディレクターの中で、私が最も尊敬している大先輩でもあり、当然ながら二つ返事でやらせていただいたんです。
それはよかったんですが、これがものすごく目立つ役でして、お医者さんの役なんですけど、構成上、本物のお医者さんが出ちゃったみたいな素人っぽさが欲しかったんだと思うんですね。
カメラマンもよく知っている方で、そのせいでもないんでしょうが、すごく大きな顔で映してくださり、しかもセリフありの長台詞でして、いっしょに出てる有名女優さんや有名男優さんよりもセリフが多かったりしたんですね。
参ったなあと思っていたら、完成したDVDをプロデューサーの方が持ってきてくださって、見せていただくと、恐ろしく私、目立っているわけです。しばらくして、テレビで放送が始まると、こういう時にかぎって、けっこうすごい放送量でして、たいていの人が見てしまうなと思われました。
恐れていることは、その通りになります。
マンションの郵便受けで新聞取ろうとしてたら、後ろから来た同じマンションのご主人が、この人、本物のお医者さんなんですけど、
「テレビ出てますよね。医者で。」と云われました。
当然、私が医者でないことはよくご存知です。
電話もメールもジャンジャン来ます。会社の近所の昼ご飯食べに行くところなどでも、かならず、
「見ましたよお。」などと云われ、
家族からはほんとに恥ずかしいと云って抗議を受けます。カミさんは、私が医者だと思い込んだ近所の方々に、いちいち言い訳するのが億劫だったようです。
私がときどき酒を買いに行く酒屋さんに、カミさんが買い物に行ったら、
「あ、そういえばこの前、先生が犬連れてみえましたよ。」と、おじさんに云われ、
『先生?あちゃあ。』
昔から我が家の自転車を一手にお世話して頂いてる自転車屋さんでは、
「そういえば息子さんそろそろ受験ですよね、やっぱり医学部ですか?」と聞かれ、
ああ、この方たちはあのCM見て完全に間違ってるとわかり、往生しておりました。
言わずと知れた名監督ですので、見事に本当の医者にみえるように完成されたわけです。お見事でした。
こういう仕事してると、習慣もあって気軽にフレームの中に出てしまいますが、時に大ごとになる事もあります。
それからまたしばらくして、近所の鮨屋に行ったら、やはりそのことを云われましてですね、、オヤジがいうには、その数日前に近所で私と仲良しの本物の役者が来たらしく、この人とは古い付き合いで、当然私の正体を知ってるんですが、
「なんだかんだ言って、あの人、出るの好きなんだよな。」と云って笑ってたそうです。
そうでもないんだけどなあ。そういうとこもあるかあ。
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