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2026年4月16日 (木)

あっしには関わりのないことでござんす

Monjirou_2


「木枯し紋次郎、上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれたと言う。

  十歳のときに故郷(くに)を捨て、その後一家は離散したと伝えられる。

   天涯孤独の紋次郎が、なぜ無宿渡世の世界に入ったかは定かでない。」

うろ覚えですが、高校生の頃に放送されていた「木枯し紋次郎」のラストシーンで、必ず語られたナレーションで、芥川隆行さんの名調子でした。
当時この番組のことはちょっと好きで、私は子供の頃から言わずと知れたテレビっ子でしたが、この時代劇は今までのモノと明らかに違う、新しい何かを感じたからだと思うんです。10代の思春期に差し掛かったちょっと斜に構えた生意気な小僧でしたから、お決まりの正義の味方問題解決型時代劇は、面白くなくて見てなかったんですね。
このお話は股旅物だから、紋次郎はいつも旅をしてるんですが、この人は旅の先々で極力人と関わることを避けていて、ニヒリズムを通しています。なんだか影のある今までにないキャラで新鮮でした。そもそもこの番組を作ってるのが映画監督のあの市川崑さんであったことは大きかったです。普通に映画少年でしたから、多少映画監督には詳しくて、10才の時に観た「東京オリンピック」の監督だと言うこともわかってました。まずこの番組のオープニングテーマ曲の「だれかが風の中で」が流れて、クレジットタイトルのユニークな映像を見たときに、こりゃいいわと思ったんですね。
実は市川監督は最初の3話しか演出してないんですけど、このドラマの全体的な世界観を設計していて、そのあとに受け継いだ監督たちもそれを踏襲しており、なんだか今までにない時代劇を作ろうと言う情熱に溢れていて、土曜日の夜遅くにやっていたこの番組は大ヒットします。決して私みたいな少数派にだけ受けてたんじゃなかったわけです。
あらためて今見ると、あんまり制作費は豊かにはなさそうで、ロケが多かったり、出演者の数も多くなく、ある意味リアリズムを追求していて、殺陣も派手さはないのだけど、本物のドスを振り回してるような演出になっていたり、新しい試みや工夫がたくさんありました。
主役の紋次郎役の中村敦夫さんも、当時あまり知られていなかった役者さんでした。でもこの紋次郎という新しいキャラクターに、中村さんは嵌まってゆきました。世間と関わらず孤高でいる雰囲気がちょっと知的なところもあり、それは東京外国語大学出身のインテリだからか、ま、関係ないか。いずれにしてもこの俳優さんの将来を決めた配役であったことは確かでした。
そこで紋次郎さんなんですけど、自身の過酷な生まれ育ちから、無宿渡世の世界にいて、常に旅の途中にいるんですが、行く先々でさまざまなトラブルに出くわしたり、難儀してる人に遭遇したり、怪しい謎の女に惚れられたり、毎回いろんな目に遭うのです。でもいつも、
「あっしには関わり合いのないこってござんす」とか云って、
関わり合いにならないようにしているんですが、脚本的には、結局関わることになってしまい、そのあとチャンバラやって、ことを治めることになるんです。
それで最後に、いつもくわえている長楊枝をプイと飛ばすと、何か筋書きに意味のある物に楊枝が突き刺さって紋次郎は去っていくんですね。その楊枝を飛ばす時に息を吸い込む音が木枯らしのようだと、そういうことなんです。
そんなようなことで、私が10代の時にファンだった紋次郎さんですが、私が50を過ぎた頃でしたか、ひょんなことで中村敦夫さんと同じ組で、ゴルフをワンラウンドご一緒することがありまして、とても嬉しい出来事だったのですが、中村さんは思ってた通りの素敵な紳士で、とても知的なインテリであられました。あまりたくさん紋次郎のことは聞けませんでしたが、なんだか風の中を紋次郎さんと歩いてるような、幸せな時間でありました。
「あっしには関わりのないことでござんす」という科白を思い出したのは、
最近、長く関わった自分が勤めた会社の役割を解いていただいたもので、
それは、この何年もこの会社の何の役にも立っておらず、歳も歳なんで当たり前のことなんですね。
組織はどんどん若返って、生まれ変わらねばなりません。
「あっしには関わりのないことでござんす」
というのが、自然な関係になっていくわけですよ。
でも、そう云いながら、紋次郎のように、結局最後には、ちょっとだけ関わり合いになってしまうのかもしれませんけど。

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