母を失くすこと
前回の、うんと、えんと、おんの話を少し続けますが、
人の運を左右する縁というものの中には、親子の縁や夫婦の縁というのもあり、夫婦の縁はやがて新たな親子の縁も生みます。
かって私に、奥さんとの夫婦の縁ができ、私が家族というものを持てたきっかけは、うちの母の情熱と暴走ともいえるその行動が大きな要因になっておりまして、それに関して母には、恩があります。
その母が、昨年末の12月29日に亡くなりました。
クリスマスイブの日に会いに行った時にだいぶ弱っていたので、覚悟せざるを得ない状況ではありましたが、やはり年を越すことはできませんでした。夏に父が逝き、その4ヶ月後に、二人とも96歳で生涯を閉じたのですが、仲が良かったせいか揃って旅立ちまして、大往生とは云え、こちらとしてはポカンと大きな穴が空いたような心地であります。
12/29というタイミングで、こういうことになりますと、大急ぎで家族4人が東京から広島に向かう交通手段を、すぐに確保せねばならぬのですが、なかなか苦戦しまして、多少時刻はバラけましたが、どうにか30日には母に対面することはできました。最期には間に合いませんでしたけれど、眠ったような安らかなお顔でありました。
そしてお葬式です。1月の1日2日は、世の中の葬送の仕組みは止まっており、どうにか2日の夜のお通夜と、3日の11時の葬儀をお寺さんにお願いできて、4日の初七日まで含めて、どうにか一通りの流れにはなったわけです。
ただ、世間では普段通りの年末年始が続いており、テレビでは紅白歌合戦もやっているし、元旦の朝は初日の出の中継もやっております。年が明けたら世の中おめでとう一色で、なんとも不思議なお見送りとなりましたが、母は孫たちに会えるにぎやかなお正月が好きだったなと、思い返しました。
そして正月三ヶ日にもかかわらず、母が生前親しくしていただいた皆さまがたくさん来てくださり、決して寂しいお葬式にはなりませんでした。
母は本当に朗らかな人で、社交的で人気者でしたから、慕ってくださる方も多かったと思います。わりと長いことお茶の先生をしておりまして、お茶席を通じてお弟子さんも含め、たくさんの方々との交流が続いておったと思います。この数年、少し認知症が進みましたので、あまりお茶席はできませんでしたが、いろいろな方達がお見舞いに来てくださってたんですね。
母と父は1歳ちがいで二人とも戦時中に広島で育ちました。子供の時分も青春時代も、最後に原爆が投下されるまで、暗い時代と思います。ただ、二人は同じ町内に住んでいて、父は一中に、母は県立女学校に汽車通学で通っており、どうもその車中で父は母を見初めたようで、ちょっと素敵な恋をしたようです。
二人とも私にその話をしたことはないんですが、親戚のおばちゃんに教えてもらいました。父が学校を出たらすぐに結婚したようですから、幸福な結婚だったんだと思います。
でもそこからは、「禍福は糾える縄の如し」であります。
父が胸を病んで療養所に入院したり、母が流産をしたり、そのうちに私と弟が生まれたり、それからもいろんなことがあったんですけど、弟が8歳の時に病気で突然亡くなってしまったことは、何もかも無くしてしまったような、時が止まってしまったような出来事でした。
母は物干し場でしゃがみ込んで動かなくなるまでずっと泣いていたし、中1だった私は、母がこのまま後を追っていってしまうんじゃないかと、それが怖かったし、父はそんな母の状態を気にかけて、とにかく平静を保って普通にしていましたが、夜中に遺影の前で一人嗚咽していました。
その夏の終わりに、父と母の故郷である広島に3人で帰って暮らすことになります。父は新しい就職先を見つけて、私も何度目かの転校をしました。母は何かのきっかけを探すように、熱心にお茶の勉強を始めました。それからしばらくして、裏千家のお免状をいただいたんだと思います。
この時ほど、親の子供に対する愛情というものを強く感じたことはありませんでした。親とはありがたいものだと。
ただ、その思いを、そののち、母に伝えることはありませんでした。なんとなく母の気持ちを分かっていながら、態度はそこから離れてしまい、憎まれ口をたたき、おまけに高校を出てからは東京に出ていってしまって、好き勝手にフラフラ暮らして音信も途絶えがちになります。親孝行というものからますます離れていってしまった。
遠くにいて、いつも気にかけてくれ、私と家族の幸福を祈り続けてくれていた母に、感謝を伝えることがずっとできませんでした。私の場合、これが一種のマザコンの現象かもしれませんが、いつかあやまりたいと思っていました。でも結局、今頃になって手を合わせとるようなことで、情けないです。
何十年も、仲の良かったお母さんとお父さんが、この数年はそれぞれに身体の不調で、なかなか会えなくなっていたから、これで、久しぶりにゆっくり会えたのかもしれません。
こっちは、しばらく喪失感ですけど。

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