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2025年1月22日 (水)

阿修羅再来

正月休みの終わり頃に、家でゴロゴロしてたんですけど、ほんとに今どきのテレビ番組はつまらなくてですね、ついついNetflixの新作「阿修羅のごとく」を見始めたら、たまたま家でゴロゴロしていた妻と娘も一緒になって、全7話一気に観てしまいまして、これが、実に見応えのある7時間だったんですね。
向田邦子さんの昭和の名作ドラマのリバイバルですが、是枝監督の丁寧な仕事のもと、改めて十分に堪能できる完成度でありました。
この作品は、もちろん向田さんの代表作でもありますが、いつ頃の放送かと云えば、パートⅠの3話が1979年1月、パートⅡの4話が1980年の1月でして、NHKの和田勉さんが見事な演出をしておられました。配役されている俳優陣も素晴らしく、そう云えば音楽も強烈で、当時大変話題になったドラマでした。
その頃、私は働き始めて2〜3年目の頃で、テレビCM制作現場で、1番下っ端でかなり過酷な職場でしたから、普通の時間にテレビドラマを観たりできなかったんですが、その後、わりとすぐにシナリオが出版されて読んだのと、何度か再放送もあって、ずいぶん経ってから、とりあえず全部観たんだと思います。
いずれにしても、いまだに何かといえば、語り継がれているテレビドラマの名作であり、問題作でもありました。1981年の夏、向田さんは台湾旅行中に飛行機が墜落して亡くなってしまわれたので、その印象は尚更のことであります。
この作品の後に、名作「あ・うん」や「幸福」なども書いておられますし、この頃には有名なエッセイや小説も集中して発表されており、1980年上半期の直木賞も受賞されました。まるで追い立てられ、生き急ぐように仕事をされていた感があります。その突然のご逝去は、本当に惜しまれており、個人的にもかなりショックを受けたと記憶しています。
この“阿修羅のごとく”と云うドラマは、昭和54年頃の、60代後半の老夫婦とその4人の娘たち、だいたい40代から20代の設定だけど、その4姉妹の夫や交際相手を含めたそれぞれの家族の、男と女の物語なのですが、いわゆる昭和のその頃のごく普通の家庭の風景の中で起こる、いろんな人間模様が描かれていて、そこが向田さんのドラマのすごいとこで、またたく間の7時間になっております。
まだご覧でない方は、観ていただくしかないのですが、そこには大人の女と男の話、その時代の女の居場所、男の立ち位置、当時のそれぞれの価値観において、生きていく姿などが垣間見えます。そこには、意外性も驚きもスリルもいろいろあって、それは楽しいということとは違い、つきあってると、むしろ気が滅入ることの方が多い話ですね。でもその先が気になって引っ張り込まれる。最近では、こういうドラマにあんまりお目にかかれません。
それぞれみんな、辛かったり悩んだり諦めたりもしながら、誰かをののしったりもして、励ましたり誤魔化したりして、時にお互いを笑い合ったり、たまにホッとしたりして、なんだか人って愚かで切ないもんだけど、ちょっと愛しいとこもあんな、みたいな気持ちになるんですね。
このドラマを観ながら、昔のシナリオを読んでみると、向田さんの脚本はかなり忠実に生かされていて、それは是枝さんの考えと思いますが、そうであれば、この本を令和の現代に持ってくるのはちょっと難しくて、やはり昭和54年の設定で作られたんだと思いました。
やはり、何より40何年も経てば、この社会における女の人の考え方も存在感も、男の人の佇まいも、ずいぶんに変わったんだと感じました。
ただ、パートⅠのラストのシーンでのセリフ
「女は阿修羅だよ」
「勝目はないよ。男は」
この科白に、この長いドラマのテーマは集約されていまして、普遍的なテーマではあります。

長くなって恐縮ですが、もうちょっと書きます。
このドラマのシナリオを探したら、1985年に発行された文庫版しか出てこなかったんですが、それのあとがきに、演出の和田勉さんの文章があって、それが面白かったんです。
向田さんと和田さんがこの仕事を始めた時、向田さんがテレビのホームドラマから、いまぬけおちているのは何だろうと言い、ホームドラマも小津さんのところまでいきたいと言ったら、小津さんは冠婚葬祭ね、それはセックスねという話になったそうです。冠婚葬祭のようにとりつくろいつつも心の中身は、それにまつわるセックスは、荒れ狂う人間喜劇、、、シュラバ
向田さんは白紙の原稿用紙に、この文字を書いてみてくれと言いました。
阿修羅のごとく。と
もうひとつ興味深い話があって、このドラマのパートⅠと1年後のパートⅡは、家族の顔ぶれは誰ひとり変わってないのに、次女の夫役の緒形拳さんだけキャスティングが変わっています。
スケジュールのこともあったようですが、和田さん云く、向田さんの脚本というのは、男が「男として」在るためには、ちょっと耐えがたいホンであるのだ、ということで、父親役の硬骨の役者・佐分利信が、その役のあまりの「硬骨からのはずれっぷり」に立腹して、リハーサル中に台本を捨てて帰ろうとした話もあります。
男は、みなだらしなく、女たちの前でこそこそと生きているようにしか、書かれていない。その分、女たちの側に扮した役者は、阿修羅のごとく男を血祭りにあげて、快哉を叫ぶことができる。視聴者も、男は見るのがたまらなくて、女は「わが身のように」見てしまう。
ドラマの中で、「女から見た男」というのはあっても、「男から見た女」というのは、本当の意味では、向田ドラマには皆無なのだ。と。

にしても、
この果てしなく深いドラマを支え、そして向田さんに踊らされる、俳優陣のキャスティングは見事と云えます。
それは、1979・1980年版も2025年版もしかりで、
主なキャスト

Ashura



竹沢恒太郎(68)佐分利信   國村隼
竹沢ふじ(65)大路三千緒   松坂慶子
三田村綱子(45)加藤治子   宮沢りえ
里見巻子(41)八千草薫    尾野真千子
里見鷹男(43)緒方健・露口茂 本木雅弘
竹沢滝子(30)いしだあゆみ  蒼井優
勝又静雄(32)宇崎竜童    松田龍平
竹沢咲子(25)風吹ジュン   広瀬ずず
陣内英光(26)深水三章    藤原季節
枡川貞治(55)菅原謙次    内野聖陽
枡川豊子(53)三條美紀    夏川結衣
土屋友子(40)八木昌子    戸田菜穂

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