年末に、祈るということ
月に一度くらいのペースで、広島を往復するようになって、もう何年も経ちます。
昭和3年生まれの父と、昭和4年生まれの母に会いに行くためでして、そして95才と96才と云えば、二人とも身体の方が、かなり機能不全を起こしております。治療と介助なくしては生活できず、その方面の専門の方々には、大変お世話になっておりまして、ご挨拶を兼ね、目下の状況の聞き取りもして、今後の介護に関して、家族として出来ることをその都度考えねばなりません。そのようなことで、このところ故郷との行ったり来たりも、頻度を増しているようなことです。
先日、12月に入って帰郷しました時に、午前中が半日空いた日があったので、本当に久しぶりに広島平和公園に行ってみたんですね。ここはご存知の通り有名な公園ですが、私は中学高校時代の5年間、学校も近かったので、何かとよく行く場所でした。でも、今回この場所で手を合わせたのは、何十年ぶりのことです。
ここは本当に街の中心地でして、まさにこの街のど真ん中に、爆弾が投下されたことがよくわかります。父は17才、母は16才の時に被爆しました。昭和20年の8月6日午前8時15分、その時どこでどうしていたのかは何度か聞きましたが、二人はそれぞれに生と死の紙一重にいたわけで、今も生きていられることは、ある驚きでもあります。というか、自分もここに立って手を合わせていることに、不思議を感じるのですね。
“安らかに眠って下さい 過ちは 繰り返しませぬから“ という文字の書かれた、
原爆死没者慰霊碑の前に立つと、その先に平和の灯の炎が見え、その先の奥に原爆ドームが見えます。この公園を一巡りすると、本当に丁寧に設計されており、いつもきちんと手入れされていることが、よくわかります。この公園を造った、この街の人たちの祈りのようなものが強く感じられるんですね。
時間的にそれほど混み合ってはおりませんでしたが、結構外国の方たちがたくさんいて、ボランティアの方が一生懸命に英語で解説をしておられました。頭が下がります。
毎年8月6日にここには来れませんが、テレビの中継で8時15分に合図の鐘が鳴ると、必ず黙祷をします。そして私も、初めて広島を訪れる人を同行する時には、必ず出来るだけこの公園と資料館を案内することにしています。
ちょうど先日、日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞しました。日本人である我々が被曝の体験をどう残し伝えるか、その意味を考えさせられます。
その場所に立つと、そのことを考えざるを得ない場所というのは必要なのだと思うわけです。出来るだけ多くの人がここを訪れてほしいです。
多くの犠牲ののちに、人の営みは続いて、ここに至っていると思えば、今年もどうにか無事におれたことを、ありがたく感じたようなことです。
柄にもなく、神妙ですが、、、
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