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2019年4月

2019年4月18日 (木)

僕が働き始めた頃

桜の花が散って、新緑の木の芽が出始めるゴールデンウイーク前のこの頃、社会に出て来たばかりの新人君たちは、どんな気持ちでいるんだろうか。うちの会社にも4人ほどいるんですが、みんな元気そうにしてるけど、でもやっぱり基本的に緊張してはいるんでしょうね。

昔のこと過ぎて、自分のことはよく覚えてないんですが、だいたいにおいて硬くなってたように思います。

もっとも、私の場合、働き始めたと云ってもアルバイトで、ただ云われたことを云われたようにやる仕事で、主に届け物に行く事だった気がします。いろんなところの、いろんな人へ、いろんなモノを届けますが、そうやって、この仕事に関わるいろんな場所を覚えたり、空気を感じたりする意味もあったかと思いますね。

その会社はテレビコマーシャルを作っていたので、毎日午前中には、作ったCMを納品する仕事がありました。その当時の完成品は、16mmフィルムの15秒とか30秒のリールになっていて、それをいろんな会社に納めに行くんです。

それほど重くもないし、数と中身を確認して納品書といっしょに置いてくるんですけど、ある時、大手広告会社のある部署に届けに行ったら、他の会社の納品に来ていた人が、その部署のおじさんに思い切り怒られていて、どうも納品書に不備があるようなことを云ってるんですけど、全然たいしたことじゃないんですね。

「君の会社は、うちの会社をバカにしてるのかあ!」とか云っちゃって、

そもそも、その納品に来た人も、私と大して変わらないペーペーだし、そのオッサンだって、どう見ても年の割にはペーペーなわけですよ。

なんか世の中には、そうやって大きい会社を笠に着て、ただ威張りたい奴とかもいるんだなと思い、まあたしかにいろんなとこ行ってると、いろんな人がいるもんだなと思ったりしたわけです。これも社会勉強かなと。

あんまりこういう人とかかわり合いになりたくなかったんで、自分の番が来た時に、そのオッサンの前を通り過ぎて奥の方にいたもう少し偉そうな人に納品しました。背中の方でギャアギャア云っていたけど、しかとして、ガン飛ばして帰って来ましたよ。

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そんなこともありながら、会社はどんどん忙しくなってきて、仕事もいろんな雑用が増えていって、そのうち撮影現場へも行かされることになってきます。

撮影という仕事は、当然いろんなシミュレーションをやっておくんですが、予想してないことが次々に起こるもんで、2手3手、先を読んで、そうとう臨機応変に機敏に動かなくちゃならなくて、昨日今日入ってきた奴は、簡単に置いて行かれちゃうんですね。

なんとか一人前になって、親方や先輩たちから認めてもらいたくて頑張るんだけど、なかなかうまくいかないわけですよ。そうやって、むきになってやってるうちに、一年近く経っちゃいましてね。

もともと大学でやってたのは土木建築でしたから、そういう方面に就職しなきゃいけなかったんだけど、どうもその気になれず、卒業はしたものの、たいしたビジョンもなくて、しばらく社会観察でもするかといういい加減な考えでいたんですね。

ちょうど大学卒業する頃、テレビで「俺たちの旅」っていうドラマをやっていて、鎌田敏夫さん脚本ですが、同年代の人は知ってると思うんですけど、どういう話かというと、俺たちくらいの年代の男が3人いて、社会に出て自立しなきゃいけない時期なんだけど、なんだかフラフラと自由に暮らしながら、少しずつ社会とかかわっていくみたいな話で、それ見ながら、ま、こういうのもしばらくありかなと、自己弁護してたようなとこがあったんですね。まあそういう意味では鎌田さんに感謝はしてるんですけど。

そんな時に、ひょんなことで始めたバイトでして、いま思えば、仕事は大変だけど面白くて、わりと皆いい人たちでした。あのころ、何事にも自信がなく及び腰で、そのわりに妙に頑固な若造だった私は、まあ云ってみれば面倒臭いやつだったんですけど、この職場にどうにか居場所を見つけて、社員になることになります。

1970年代のこの業界は、けっこう若くて、まだ先の見えない未来がありました。テレビも元気で、TV-CMはトイレタイムとか云われてもいたけど、新しくて面白くて勢いのあるモノもでき始めていました。どなたか忘れたんですけど、広告会社の方だったか、演出家の方だったかが、

「ムカイ君、俺たちは無駄なもん作ってんだから、無駄ということを知らなきゃいかんよ」なんてことをおっしゃっていました。

まだ先のわからない、いい時代だったとも言えますかね。

この前、うちの新人君たちと話す機会があったんですが、一応先輩として話したのは、

仕事は、まず最初からうまくはできないということ。

世の中は観察しているといろいろ面白いことがわかって来るから、よく観察してみるとよいということ。

などを、伝えました。

俺たちは、無駄なもん作ってるとは、さすがに云えませんでしたけど。

2019年4月 3日 (水)

「グリーンブック」と「運び屋」

ひところからすれば、明らかに映画館で映画を観る本数は減っているんですけど、このところ続けて観た2本の映画では、どちらも泣いてしまったんですね。

映画で泣くということはわりとない人だったんですけど、このところ歳のせいか涙もろくなっておりまして、けっこう他愛無いことでも、簡単に落涙します。

でも、2本ともなかなか名作だったんです。

「グリーンブック」は、やはり、アカデミー作品賞だって云うし、「運び屋」の方は、やはり、クリント・イーストウッドだし、「グラン・トリノ」から10年ぶりの、監督・主演だし、まあ普通に映画館に足を運んだんですね。

どっちも、ある意味ロードムービーで、背景にあるのが家族ということで、そう書けばベタなんですが、油断してたわけじゃなく、まあ映画の狙いどおりに、想定されたところで涙しとるわけです。それは、多少こちらが老いぼれていることを差っ引いても、やはり見事といえば見事なもんでした。

 

「グリーンブック」の方は実話でして、ある黒人天才ピアニストが、1960年代のアメリカ南部で演奏ツアーをするにあたり、白人の運転手を雇うところから、話が始まります。ピアニストのシャーリーは、3つの博士号を持つインテリ、一方、運転手のトニーは、ナイトクラブの用心棒で、粗野で無教養なイタリア系アメリカ人で、当初は人種差別的な思想を持っています。

映画は、旅を続けるシャーリーとトニーを追いつつ、ニューヨークで帰りを待つトニーの家族を織り交ぜながら、ツアー旅行の中でのいろいろな出来事を通して、少しずつ変わっていく二人の関係を描いています。そしてそのテーマのベースには、家族ということがあります。物語は、普通に終わったかなと思ったところで、胸の熱くなるラストが用意されてるんですね。

 

88才のクリントおじいさんが作った「運び屋」という映画は、まさに家族ということがテーマになっています。どうもこの人自身の家族に対する思いみたいなものが根底にある気がするんですが、ある90歳の男が麻薬の運び屋をしていたという実話に着想を得て作った映画だそうです。

90才になるまで、自分勝手に生きて来て、家族のことをほったらかしにしてきた男が、仕事にも失敗して無一文になって、どうしようもなくなった時に、ひょんなことから危ない運び屋の仕事をするようになります。金にもなってなんとかうまくこなしているうちに、だんだん深みにはまっていくんですが、そんな最中に、この男にただ呆れ果てている老妻の死に、向き合うことになり、このあたりで、組織や捜査官も大きく動き出すんですね。

ただ、今までのクリントさんの映画に比べると、全体にやさしい作りになってる気がしたんですね。やっぱり歳もとって、集大成の映画みたいなところがあるんでしょうか。

でも、やっぱり泣けるんですけどね。

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映画の終盤に、この主人公のアールという男が吐く、

「いままでの人生、まちがいだらけだった。」みたいな科白があるんですけど、

なんかこのセリフは、自分の人生とかぶってるところがあるような気がしたんですね。

 

ひとつこんな話があるんですが、

アカデミー賞の作品賞にもノミネートされた、「アリー/スター誕生」の製作は、最初はイーストウッドに持ち込まれたのだそうです。ビヨンセを起用しようとしたものの、スケジュールが合わずに断念するんですが、その企画を引き継ぎ、監督と出演をしたのが、「運び屋」で、麻薬捜査官を演じたブラッドリー・クーパーだったんですね。この人が「運び屋」という映画をとてもやさしい映画にしてるんですけど。

クーパーに「レディー・ガガを起用するつもりだ。」と相談されたイーストウッドは、ひどい考えだと思い、「本気か?」と問いただしたのだといいます。

「でも映画を見たら、彼女は素晴らしかったよ。彼女は本当によかった。」と、イーストウッドはとてもうれしそうに笑ったそうです。

 

間違っていたと感じれば、すぐに考えを改めて認めることができる。

年を取ったら、そんなじいさんになりたいなあと、思ったんですね。すごく。

 

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