オダギリさんの本
先日、本を一冊いただきまして、その本にすごく重要なことが書かれていて、個人的に実に響きましたもので、その話です。
『小田桐昭の「幸福なCM」。日本のテレビとCMは、なぜつまらなくなったのか』
という本です。
この本を書かれたオダギリさんは、言わばこの国の広告業界の巨人でして、私がこの仕事を始めた頃、1977年くらいですが、この世界では誰でもその名前を知っている人でした。
1938年のお生まれですから、今年83才。1961年にこの仕事を始められています。その頃、テレビの広告は生まれたばかりでして、それからオダギリさんは、今でも多くの人達が覚えている有名なキャンペーンを、たくさん手がけられました。それらの仕事の経緯も、この本にいろいろ紹介されています。
テレビというメディアが出現し、広告を含めた民放という仕組みが活況を呈していく中で、様々なテレビ広告が生まれて、その全盛期が描かれてますが、それと同時に、現在につながる長い時間の中で、その時代が失ったものや、変容してしまったものが語られてもおります。
「なぜつまらなくなったのか」というのは、その辺りのことです。
テレビCMができたあたりから今日までの間、常に第一線におられ、今も現役で仕事をされている方の、貴重な体験談でもあります。
本の中に、「日本のCMを育てたのは誰でしょう」という話が出てきます。
答えは、「お茶の間の人たち」なんですが、CMやテレビのエネルギーというのは、当時の新しい情報や表現を、何でも吸収してしまうお茶の間の人たちの欲望が生んだという話なんです。
この国の住居の真ん中にはお茶の間があって、ある時そこにテレビがやってきました。私もまさにそのお茶の間で育ちましたからよくわかりますが、お茶の間のテレビに対する好奇心は凄まじく、テレビ側もお茶の間が面白がって望むものは、なんでもやってみようという背景がありました。60年代に始まったこの現象はますます勢いを増して、この本に書かれている、70年代80年代の幸福なCMの仕事につながるのです。私も個人的にはなんとかギリギリその時代の後半に間に合ったCM人の一人ということになりますが。
それから様々に変化する世の中で、この業界にもいろんな時代がやってきます。そして今に至れば、その風景もずいぶん違ったものになりました。それが具体的にどんな風に変わっていったのか、この本を読むとよくわかります。
ただ、私がこの仕事を続けてこられたのは、ある意味あの幸福な時代に仕事に出会えたからじゃないかとも思っています。
考えてみると、オダギリさんは、この幸福なCM時代を象徴する方でして、世の中を動かすようなたくさんの良質な広告を発信し、またそのレベルをクリエーターとしても、マネージメントとしても、ここに至るまで守り続けてこられました。そのことは、本当に多くのこの業界の人達、後輩達が認めるところで、誰も異論を唱える人はいません。
思えば、広告業界のことなど何も知らず、全くひょんなことからこの世界の片隅で働くことになった私も、オダギリさんのお名前はよく聞きましたし、たくさんの名作のことも存じておりました。ある意味伝説になっている部分もあり、いろんなエピソードも一人歩きしています。一体どんな人なんだろうと想像を巡らせていたのですね。
北海道の利尻島の出身で、柔道の黒帯ですごい腕力で、蟹が大好物だからどんな蟹でも甲羅を手掴みで割って食べる人だとか、いつも穏やかな笑顔の人だけど、その眼だけは笑っていないとか、いろいろと尾ひれのついた話を聞くことになります。
そしてそれから何年かして、実物のご本人にお会いすることができたんです。オダギリさんの部下で私と同年代のN山さんが会わせてくださったんですが、確か酒席だったと思います。
これが尊敬するオダギリさんだと思うと、緊張したのを覚えておりますが、そのお話が深くて鋭くて痛快で、またすごく面白くて楽しい時間で酒も美味しくて、やはりただもんじゃない人なんだなと思ったんですね。
ご縁ができて、それから時々お会いする機会ができ、長きにわたって仲良くしていただいてるんですが、個人的には、そのことは、ほんとに嬉しいことなんです。
本の中でも触れられていますが、90年代に入って広告を取り巻く環境に、大きな変化が起こります。情報と技術の均一化が進み、商品の均一化も進んで、あんまり商品に差異がなくなったんですね。そうなると商品を選ぶ基準は、その会社が「良い会社」かどうかということが重要になります。いわゆる「ブランド」をどう作るかなんですね。この「良い会社」というのは人に例えるとわかりやすくて、いわゆる「いい人」なんです。
でも、一言で「いい人」と言っても難しいですね。正しくて真面目であることは当然大事なんですけど、ただ正しい話って退屈だし魅力ないですよね。 昔、大滝秀治さんが「お前の話はつまらん!」と怒鳴るキンチョーのCMがありましたけど、そういうことなんです。
ブランドを人格化したとき、求められるのはどんな人かなと考えると、困ったことを解決したい時に、相談したくなるような人かなと思うんですね。誠実で熱心で真剣で、懐が深くて、しぶとくて強くて、賢くて大人で、ユーモアのレベルの高い人、ただ真面目じゃなく遊びも知ってる人、、
いろいろ考えると、オダギリさんみたいな人になるんですが、
そんなオダギリさんから、夏にこの本をいただきました。
「立派な本ではありません。むしろ恥しい本です。
若い人に向って書きました。お節介ですけど。
読んでいただけると嬉しいです。」
という小さな手紙がついていました。
ほんとに若い人に読んでほしいです。
読んでいて、たくさん心当たりがあって、反省もあって、
でもこうすべきだなということがあって、
幸福な仕事に出会うためのヒントに溢れています。
いや、響きましたもんで。
良書です。
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